ハワイ旅行
 

人口動勢


人口推移
国勢調査 人口 %±
1900年 154,001人 -
1910年 191,874人 24.6%
1920年 255,881人 33.4%
1930年 368,300人 43.9%
1940年 422,770人 14.8%
1950年 499,794人 18.2%
1960年 632,772人 26.6%
1970年 769,913人 21.7%
1980年 964,691人 25.3%
1990年 1,108,229人 14.9%
2000年 1,211,537人 9.3%

2005年現在、ハワイ州は前年より、13,070人、または1.0%増加し2000年より、63,657人、または5.3%増加した、人口 1,275,194人と見込まれている。これは48,111人 (出生96,028人、死亡47,917人) と前回の国勢調査からの自然増並びに州内への移住者16,956人の増加が含まれる。アメリカ合衆国外からの移住は30,068人増加する事となり、合衆国内部の移住者は13,112人減少する事になる。ハワイ州の人口重心(Center of population)はオアフ島及びモロカイ島間となっている[1]。

[編集] 民族構成

* アジア人 41.6%
o 日系人 16.9%
o フィリピン系 14%
o 中国系 4.7%
o 朝鮮系 1.9%
o ベトナム系 0.6%
* 白人 24.3%
* 先住ハワイ人 6.6%
* 黒人 1.8%

[編集] 日系アメリカ人

アジア系の住民のなかでも特に日系人が多く、出身国(民族)別では最多である。その影響もあってか、他の49州と異なり、仏教徒の比率が高く、寺院や神社も州内各所に点在する。また、オアフ島北東地域には、人口は少ないがモルモン教信者のコミュニティも存在する。

最初の日系移民は1885年2月9日にハワイに到着した。現在日系人は1世から5世までいるといわれている。3世以降の日系人の殆どは日本語が話せないが、単語のみを知っていることが多い。

また、ハワイは日本人にとって人気の観光地であり、旅行会社などハワイ在住の日本人駐在員も多く、その数は約2万人と言われている(実際はもっといると思われる)。日本にとって馴染み深い州であり、ワイキキ周辺では日本語もかなり通じる。一般的にアメリカ国内の公的な場所での表記は英語、ついでスペイン語であるが、ワイキキ周辺では英語についで日本語となっている。ワイキキ周辺では、日系人以外でも日本語を理解できるものが多い。しかし聞き取りはできても話せないか、話せても(下手だから)使いたがらないという者も多い。

ネイバー・アイランドと呼ばれる、オアフ以外の島では、都市部の日系人コミュニティを除き、日本語は殆ど通じないと考えた方が良い。

[編集] ハワイ先住民

純粋な先住ハワイアン(Native Hawaiians) は現在かなり減少している。先住ハワイアンと言われる民族は、約10万人程度である。しかし、これらの人々の中でも純血と言える人は稀である。現在広く用いられているのは、1920年に成立した「ハワイ人住宅寄託法」で示された「キャプテン・クック来航以前にこの島々に住んでいた人々の血を50%以上引いていること」という定義である。

ちなみに、あるハワイの伝統的な私立学校(カメハメハ・スクールズ)は、先住ハワイアンの血を引く者のみしか入学できないというのが条件である。ただしこの入学規定は2005年9月の連邦巡回控訴裁判所において違法との判決を受け、現在も係争中である。この判決には先住ハワイアンのみならずハワイ社会全体から広範な反発が起きている。

この背景として、カメハメハ・スクールズはカメハメハ1世の直系の子孫であるバーニス・パウアヒ・ビショップが、遺言によって設立した私立学校であり、公的な助成金を一切受けておらず、また彼女の遺言によって先住ハワイアンの教育を旨とすべきことが示されているという歴史がある。

カメハメハ・スクールズは2006年11月には上級審で逆転勝訴したが、敗訴した白人少年側は「カメハメハ・スクールズが入学を許可しなかったことで生じた学習の遅れに対する損害賠償」を求めて反訴する意志を示していると伝えられる。

ポリネシア人である彼らが伝統的に用いた言語がオーストロネシア語族に属するハワイ語である。英語とともに公用語であるが、母語とする話者は少ない。

 
 

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